未来ではシリコン型のチップは廃れ、代わりに大量生産されるネズミの脳がコンピューターのCPUとなる・・・なんてSFちっくな妄言を聞いたことがありますが、最近ネイチャーに乗った論文がある意味それにとても近いのではと思います。
Predicting protein structures with a multiplayer online game
構造生物学:タンパク質構造予測をクラウドソーシング
この論文では人間の直感がタンパク質の折り畳みを極めて正確に予測できるということが分かったと、著者らは論じています。この文章だけで眼の色を変え、身を乗り出して記事のリンクを踏んだ方 - 貴方は俺の同士です。それ以外の方も、難しいことではないので是非続きを。
数え切れない程の種類のタンパク質は、私たちの体を形作り、また色々な働きを担っています。それらのタンパク質は、ほぼ例外なく高度な3次元的な構造をしており、それは「折り畳み」と表現されます。タンパク質は20種類のアミノ酸からできた鎖であり、それら一つ一つは何種類もの配置が可能です。結果、比較的小さなタンパク質でも1000次元ほどの配置の組み合わせが可能であり、それがタンパク質の構造を予測する際の、難しさでもあります。しかし、コンピューターの性能やアルゴリズムの進歩により、近年ではタンパク質の折り畳みを総当り的にシミュレーションし、正しい構造を予測することが妥当だと思われるようになってきました。今回、この論文では二通りのタンパク質の構造予測の方法を比較したものです。それらは
- "Rosetta@home"というインターネット上のコンピューターの空き時間を有効活用し、総当り的にタンパク質の折り畳みのパターンを予測するプロジェクトと、
- ユーザーにゲーム形式でタンパク質の構造を与え、プレイヤーは直感を駆使して正確なタンパク質の折り畳みを当てる、"Foldit"プロジェクトです。
一方で、コンピューターが人間より優れている場面とは、パズルのお題となる素の構造が、まったくヒントのない、まっすぐなアミノ酸の鎖として出された時だそうです。この場合、考えうる候補が天文学的な数字となるので、今までの研究の結果によりチューニングされたアルゴリズムと圧倒的な計算力を備えたコンピューターの方が、素人の人間よりも有利なのではなかろうかと思います。(Folditプロジェクトは科学と無縁な一般的な人々をプレイヤーとすることを目的の一つとしています。)
この論文より、いくつかの将来的な課題が考えられると思います。
- 人間の思考パターンをどのようにアルゴリズムに取り込めるのか。
- 人間・コンピューターの混合リソースをいかにに有効に活用できるのか。
- 今までのプロジェクトを発展させ、さらに効率的で正確なタンパク質の構造予測法の確立。
しかし僕は結晶学をはじめとするNMRなどの構造生物学が廃れることはない、と確信しています。タンパク質の構造を知る際のモチベーションとなるのは、大まかな構造のみではなく、細かなディテールが左右するその仕組みを知ることでもあります。また、その働きを始める前と終えた後の違いを検証し、正確なタンパク質のメカニズムを知るということは、その大まかな形(Backbone,背骨と表現されます)を知るだけではわかりません。結晶学者たちは今しばらく、納税者から見放されることはなかろうかと思います。
この論文は何故か久しぶりにワクワクとさせてくれました。今は遠い、カラフルな図鑑を見て「科学は素晴らしい」と 思わせた日々を彷彿とさせます。もちろん今でも僕はそう信じて疑いませんが。自分は、"Foldit"の存在を前から知っていたので、その結果がネイチャーという最高の晴れ舞台にでたことが愉快なのかも知れません。
No comments:
Post a Comment